予青五年大晦日の夜、金波宮は新年を迎える準備に追われていた。各所に焚かれたかがり火は堯天の空を赤く染め、常ならば宵には固く閉じられている雉門も今日ばかりは大きく口を開けていた。
その門を粛々と、貢納物を運び込む諸州の人馬の列がくぐっていく。
その列に浩瀚はいた。
騎馬した浩瀚は、麦州の徴を翻しながら先導する州師の後を黙々とついて行く。ちらりと辺りに視線を飛ばせば、門の脇には矛や長槍をもった衛兵がいつも以上に待機しており、歩墻にも弓矢を備えた師士らが詰めている。
―――何と物々しい警備か。
そこのあるのは到底これから新年を祝おうとする祝賀の雰囲気ではない。
辺りに響くのは異様な空気に興奮した馬のいななきと、歩墻を行きかう軍靴の音。それに時折、夜風に激しくはためく軍旗の音が交じり、浩瀚は戦場に立っているような錯覚に陥りそうだった。
―――いや、ここは間違いなく戦場だな。
気を抜けばやられる。そこかしこに罠が張られ、陰謀という名の矢が飛んでくる。命が惜しければ、見ざる言わざるしゃべらざるで盲目を通して大人しくしていることだ。
だが、そんなことをしにここへやって来たのではない。
―――命は惜しいが、やるべきことがある。実に由々しき問題だ。
浩瀚は麦州に残してきた愛しい少女をちらりと思い出して苦笑すると、表情を引き締めて前を見据えなおした。
すれ違いざま、門脇にいたひとりの男がじろりと浩瀚をにらんだ。明らかに敵意のこもった視線であった。それを素知らぬ顔でやり過ごし、浩瀚は正殿へと向かった。
やがて新年の明けた空に大きな銅鑼が響く。
路門前で馬を降り、朝堂で時が来るのを待っていた朝賀の参列者一同は、その銅鑼の音を合図に殿庭へと進む。
日が東の空から上ろうとしていた。白んでくる空に浮かぶ茜の暁雲が瑠璃色の鴟尾にふれる。無慈悲な冷たい夜風が緩み、やがて正殿に黄金の光が差し込んだ。それを合図に銅鑼が再度打ち鳴らされた。御簾が降りる。その場にいた全員が一斉に叩頭した。
「主上のおなり!」
天官が紙を引き破るような声でそう告げたが、真実その向こうに主上が現れたのか誰もわからなかった。上げられるべき御簾は最後までその奥を見せることはなく、日が届かぬその奥をうかがい知るすべはなかった。
万歳!万歳!
景王舒覚の御代を祝うことほぎの声が新年の空に白々しく響いていた。
とにもかくにも、こうして予青六年の幕が上がったのである。
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