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 「 政敵 」
 
     
 

 冢宰府からのさほど遠くはない距離を、いつもの如く輿に乗って官邸へと戻ってきた靖共は、出迎えた面々を一瞥して忌々しげに鼻を鳴らした。
 ―――まっこともってむさ苦しい。
 それもこれもあの小娘の愚行ゆえ。そう思うと腹立たしさが否応でも増した。おどおどと何ひとつ決断できなかったくせに、初めて見せた頑強な意志の結果がこれである。
 慶は、四年前に新王を迎えた。見るからに気弱そうな女王であった。靖共が読んだとおりすぐに政に飽き、内殿にこもって表に出てこなくなるまでさほど時間はかからなかった。
 王は生かさす殺さず。傀儡にしてしまうのが都合がよい。事は靖共が望むように進んでいた。
 いや、そのように見えていた、はずなのに・・・・・・
 「女というのは、まことに愚かな生き物だな」
 自室へと向かう足音に不機嫌の響きを乗せて、ここ三代に続く女王をふり返った靖共は、嘲笑しつつ吐き捨てた。
 先々代の薄王は、たちまち奢侈に溺れた。極上の絹に身を包み、金銀や宝玉で己を飾り立てて満足した。そんな王に臣らはせっせと貢ぎ物を贈り、賛辞を送って王を喜ばせた。賛辞を送るその裏に冷笑が隠れているなど、王が気づくことは一度もなかった。あるいは、そんなものには最初から興味がなかったのかもしれない。それほどに薄王は、贅沢をすることだけを楽しんだ。
 一方先代比王は、権にしか興味を持たなかった。指先ひとつで官が右に左にと動くのを見て喜び、それこそが極みに登った証であると見せつけるかのようであった。しかしそこに政策などというものはなく、国をおもちゃにして遊んでいる子どもそのものだった。気が強くて一見理のあるような発言をすることも多かったが、老獪な官吏らにしてみればそんな王さえ稚児の手をひねるに等しく、唯々諾々と従っているに見せて、その実うまく操っていたようなものである。権に興味があるからこそ、かえって政敵を追い落とすのに役立ったといってもよい。
 そして現景王舒覚。奢侈にも権にも興味を持たない女。ただ唯一、平凡な幸せだけを望む王になりきれぬ女だ。だから靖共は、今までの女王と同じように王の望むものを与えてやったのだ。
 美しき園林。すなわち、現実を逃避するための箱庭。
 靖共の望んだ通り、王はその仮初の楽園を気に入った。そこに入り浸り、王宮に姿を見ることさえ少なくなった。
 すべては計画通り。というのに……
 「まさか台輔に入れ込んだ結果があれとはな」
 ささやかな幸せを望んだ舒覚は、台輔に夫の役割を与えて入れ込んだ。
 入れ込むなら入れ込めばよい。むしろ台輔も抱き込んで、二人ともども表に出てこなくて良い。靖共はそうとさえ考えていた。
 しかし誤算はそこに生まれた。
 台輔に入れ込んだ結果、尋常ならざる悋気を見せた王は、台輔の周りから女を排除し始めたのだ。そこまではまだ良かった。しかし事は台輔の周りだけに留まらず、宮城内さらには堯天全体に及ぶようになったのだ。
 官の半分は女だ。靖共も腹心や下官の半分を失って、たちまち仕事に支障をきたすようになった。今までは人に任せればよかった雑務を自分がこなさねばならないことも多くなり、入手できていた情報が滞ることも増えた。それだけで神経がぴりぴりするというのに、帰ってきて気を和らげる女もいない。
 そう、最初王が金波宮からの女人追放を言い出したときには、靖共はまだ高をくくっていたのだ。己の屋敷に囲う女達にまでは手が出せまいと。そもそも表に出さぬようにしていた者たちだ。知りようがない。そう思っていたのに、どこでどう漏れたものか、対立する太宰がいきなりそれを突いてきたのだ。その場は何とかうまくごまかしたが、足元をすくわれる要因をいつまでも抱えているわけにもいかない。靖共は夜陰に紛れて、囲っていた女達をさっさと追い出した。
 結果、どこへ行っても見回せば男ばかり。むさ苦しさに辟易する。
 靖共は冢宰位を示す冠を脱ぎ捨てると、榻に身を投げ出した。こうしているだけで女官らが着替えさせてくれたのは、もう昔の話だ。靖共は大きく息をつくと、のろのろと起き上がる。
 ―――それにしても
 と、靖共は今日もたらされた情報を思い出してまた顔をしかめた。事は麦州に関することだった。
 国外追放の勅を受けて、麦州には今、女達が続々と詰め掛けているという。麦州は青海に面した土地。港からは雁や巧へ向かう船が出る。だからそれ自体は不思議ではないしどうでもよい。ただ看過できないのが、そんな女達を麦州侯がのらりくらりと理由をつけては庇護しているという事実。 

 庇護、という名の囲い。

 あの男は今さぞや多くの女人に囲まれ、夜な夜なその柔肌を楽しんでいるに違いない。自分達を守ってくれる州侯として、身を投げ出してくる娘は引きもきらないであろう。
 そう思えば、靖共の表情が不快にゆがんだ。
 ―――今の己の殺伐とした生活となんと違うことか!
 靖共は浩瀚が楽しげに女人達と戯れるさまを想像して、奥歯をぎりりと噛みしめた。想像すればさらに体が疼き、益々怒りが増した。
 「―――浩瀚め!」
 ひとり楽しむなど絶対に許すまじ。
 ぎゅっと握りしめて白くなった拳を振るわせながら、靖共は如何なる目を見せてくれようかと思いを巡らす。


 こうして浩瀚と靖共の対立が始まったのであった。

 
 
 
   ・・・・・・ギャグです。すみません。
 ってこれが1万打記念作品でいいのか!
 
 
     
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