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「 恋人たちの夜 」
 

 雲海を眺める広い露台。その欄干のそばに設置された榻(ながいす)に身を預け、ゆったりとくつろぐ影がひとつ。寄せては返す潮騒の響きが夜の帳が降りた露台を静かに包む中、榻の上の少女は目の前に広がる海を見るともなしに見つめつつ、傍に置いていた杯に手をのばす。
 思えばいつの間に、こんなものをおいしいと思うようになったのか。
 一気に杯を空けて手元に視線を落とした少女は、すっかり馴染んだ味を今更ながら不思議に思いやる。十六でこちらに渡り、王となった。只人ならばとっくに一生を終えているほどの昔の話。飲酒に躊躇していたのは初めだけ。幾度となく宴席を繰り返すうちに、いつの間にか飲めるようになり、いつの間にかこうして一人でも飲むようになった。
 そう、いつの間に、と問うてみたところで、いつの間にか、としか答えようがない。それほど長い年月が過ぎたのだ。
 その年月で得たもの、その一つが地上の煌きだろう。陽子は雲海越しに見える地上に目をやって、その美しさにしばし見とれた。
 初めてここから地上を眺めた時、そこに広がるのはただの漆黒の闇であった。慶には人も少なかったが、明かりを灯せるほどゆとりある生活もできなかったのだ。散々苦労もしたが、その結果得たものがこの美しき眺めだというなら、なかなか悪くないと陽子は思う。
 では、地上の星を肴にもう一献。
 そう思って銚子に手を伸ばしかけたが、露台に人の気配が滑り出てくるのを感じて陽子は振り返った。
 そこに苦労した末に得たもう一つのものの姿を認め、陽子はゆったりと微笑んだ。
 

 「早かったじゃないか」
 露台に続く仏蘭西窓。そこから一歩外に出たところで動きを止めたままこちらを静かに見つめる男に、陽子はくすりと笑ってみせる。案の定男はわずかに眉をひそめ、すっとこちらへ歩を進めた。
 「お待ちいただけていると思って急いて参りましたのに。随分とつれないことをおっしゃる」
 「待ってはいたよ。ただ、もう少し時間が掛かるかと思っただけだ」
 「それは私に対する侮辱でございますか?」
 男が問えば、陽子はついに声を立てて笑った。
 「懐かしい台詞を聞いた。冗談だよ、浩瀚。まだ来ないのかと待ちわびていた」
 陽子が手を伸ばせば、浩瀚はその手を引き寄せた。
 華奢な体を抱きしめ、暖かく柔らかなその感触に浩瀚は酔う。と同時に、己の体に刻み込まれた羅衫(うすもの)の下の玉肌を簡単に想起して、浩瀚の男の部分が刺激された。たまらず唇を重ねて歯列を割り口内に侵入して執拗に舌を絡ませれば、愛しい少女は甘い吐息をはいた。それを余すことなく飲み込み、浩瀚は首筋をなめあげながら首元に顔を埋めると、うなじにひとつ己の証を刻む。
 「もう!」
 甘い刺激に、陽子が抗議の声を上げた。
 「性急な男だな。会話を楽しむという余裕がお前にはないのか」
 「申し訳ありません。何分にも、あなた様のこととなると理性を保つのが精一杯なのですよ」
 浩瀚はくすくすと苦笑しながらも陽子を解放した。
 「まあ、そんなところを気に入ったのは確かだが――――
 陽子はそう言いつつ、榻(ながいす)に横たえていた体を起こす。
 「でも、今はだめ。あの話の続きを聞きたいんだ」
 少し甘える口調でそう言えば、浩瀚はゆったりと笑みをたたえた。
 「主上のご所望とあっては仕方ないですね。まずは、ご希望に応えることにいたしましょう」
 浩瀚はそう言うと陽子の横に腰掛けて、その身をひょいっと抱え上げて己の膝にのせた。予期せぬ事態に、陽子がきゃっと小さく悲鳴を上げれば、浩瀚が耳元でくすくすと笑う。
 「もう!話をしてっていっているのに」
 軽くにらめば、浩瀚の顔に悪戯っぽい笑みが浮く。
 「ええ、いたしますよ。主上はお忘れですか?前回は黎宝が頌花をこうして抱え上げたところまででしたでしょう?」
 「――――それは、そうだけど」
 「では続きを」
 浩瀚はささやくようにそう告げて、陽子の耳元で物語の続きを話して聞かせる。低いその響きは心地よくもどこかくすぐったく、それでいて魅力的で、たちまち陽子を虜にした。
 物語の主人公は、二人の男女。様々な困難が二人に襲いかかり、愛し合う男女は常に運命に翻弄されていく。今夜こそ結ばれるのか、そんなことに陽子がドキドキしていれば、黎宝が頌花にささやく愛の言葉は、いつしか浩瀚自身の言葉のように聞こえてくる。物語は続いているのか、それともただの睦言なのか、判然としない状態に陽子が浩瀚の瞳をのぞき込もうとしたその時、陽子を抱いていた浩瀚の手が簡単に羅衫(うすもの)の下へと侵入した。
 あ、と思わず嬌声が上がり、抗議の声を上げようとしたが、陽子の体を知り尽くしたその愛撫に急速に力が抜けていく。
 「ああ、浩瀚」
 甘い声をあげれば、浩瀚のささやきはついに止まる。同時に、羅衫(うすもの)がはがされて陽子は月夜に裸体をさらした。
 後はもう、ただただ露台に、愛しあう男女の音だけが響く。
 こうして今日も、物語は中断するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おまけ)*注:少々艶っぽいので苦手な方はご遠慮ください。

 
     
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