まあるい月が、中天にかかろうとしていた。
予青六年九月。とうに王は身罷っていたが、改元の権は王のみにあり、未だ新王が立たない慶では、年号は改められることなく以前のものが使われ続けている。
一体この年号はいつまで使い続けられるものなのか。六年前まで二十有余年もの空位の時代を過ごした男は、漠然とした不安を抱えながら頭上の月を見上げた。
今日は仲秋、名月の夜。だというのに月がどことなく霞んで見えるのは、やはり天意を得た王がおらぬせいだろうか。
そんなことを考えながら、浩瀚は酒の注がれた杯を手に取った。
くいっと一気にあおり、また酒を注ぐ。
月見酒となれば少しは酔えるかとわざわざ露台に方卓まで引っ張り出したというのに、いくら杯を重ねても酔いのやってくる気配はない。気楽な学生時分には、月を見てはふざけた詩をいくつも詠んだものだが、今は到底そんな気分にもなれなかった。
慶は一体どうなってしまうのだろうか。
ようやく立った念願の王。それが六年と持たず崩御して、今は王を偽る女が慶を混乱させようとしている。中には彼女を新王と認めて与する者もいるようだが、この霞んだ月を見ればとても彼女が新王などとは思えない。
―――真の輝きを奪われた月だ。
空位の時代に嫌というほど見た。
―――この月の輝きを取り戻す方は一体どちらにおいでなのか。
前王は麒麟を残した。麒麟がいれば次王が立つのも早い。人々は暗にそう期待しているが、歴史書をひも解けば一概にそうとも言えないことを浩瀚は知っていた。
むしろ麒麟が残されたからこそ起きる混乱もある。
いま慶で起きていることが、まさにその典型だといえた。
麒麟がいなければ麒麟の選定を受けたなどという嘘はつけない。少なくとも、こんなに早く偽王が立つことはなかった。
「しかしそれは、言っても詮無いことだな」
自分に出来ることは一日も早く新王が立つことを祈ること。そして、その新王のために慶が荒れ果ててしまうのを少しでも食い止めることだ。
「はやく本当の月が見たいものだ」
浩瀚は呟くと、杯に並々に注がれた酒を露台に散らしたのであった。
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