―――どうなさいました?
夜の闇の中で目が覚めて、ほんの少し身じろぐと、闇に溶けいるような密かな声がした。
声の主の姿を捜して視界を巡らせたが、深い闇しか目に入らない。頭が異様に重くて、首を動かすことはできなかった。
―――夢を見たんだ。
仕方なしに、姿を確認できないまま答える。
姿が見えずとも声だけで十分だと思った。
―――夢?
―――そう。あいつと初めて会った日の夢。
―――それは、随分とお懐かしい夢を。
懐かしい?心の中で繰り返して苦笑する。あの出会いを懐かしいというには、少々衝撃的すぎる。
―――何度思いだしても腹立たしいのに?
それでも懐かしいと言えるかと口調に込めれば、くすくすという笑い声が鼓膜をくすぐった。
―――まるで昨日のことのようにお腹立ちになられる。
それは私のせいじゃない、と頬を膨らませれば、まるで宥めるように闇の中から手が伸びてきて髪をすいた。
生え際からうなじへ。耳の際から首筋へ。くすぐったくもあり気持ちよくもあるその行為にうっとりと陶酔する。いつまでもしていてほしくて、なすがままに任せた。
もう、怒りなどどこぞかへ消え去っていた。
―――もう少しお眠りくださいませ。
耳元で声がする。温かな吐息が耳たぶをくすぐった。
―――今度は私の夢を見てくださいますよう、お願い申し上げます。
―――そんなことを言われても、夢は選べない。
それが果たして声に出たのかどうか。
心から安心できるぬくもりに包まれて、意識はゆらゆらと別の世界をたゆたい始めていた。
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