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「 願うは一つだけ 」
 

 「お待ちくださいませ」
 浩瀚は彼女の行く手をさえぎって地に頭を伏せた。
 この慶で、伏礼が廃されているのは当然承知の上である。
 「何の真似だ」
 案の定、低い声が頭上から降る。その声が怒りを含んでいるのは、誰にも疑いようがなかった。
 「私が初勅にて廃したことを、冢宰であるお前が破るのか」
 「私の覚悟の表れと思し召し下さいませ。この場にて首を刎ねられましても当然と承知の上でございます」
 「要は死を覚悟しての諫言というか」
 「どうぞ。このまま行くとおっしゃるのであれば、私の首をお召し上げください」
 「そういえば私の気を変えられると思っているのか?随分とうぬぼれた男だ」
 高らかな笑い声が響く。周りの者たちが息をつめて成り行きを見守っているのがわかった。
 「どうかこのまま正寝へお戻りを。できぬとあらば、私の首をお刎ねくださいませ」
 浩瀚は静かに息を吐き出す。
 「私の願うはただひとつ。主上がご存命であることのみにございます」
 「まるで行けば死ぬようなことを言う」
 「そう思うから止めているのです」
 「私は簡単には死なない」
 「仙は不老であっても不死ではございません。わずかでも危険とあればお止めするのが私の務めでもございます」
 「命を惜しんで大義を失ってもか」
 「王は命を惜しんでこそ大義を果たせるのです」
 「さすがに口ばかりはよく回る」
 女王が不敵に笑った。人はその笑い声に潜む怒気に肝を冷やしたが、浩瀚だけはそんな笑い声さえ魅力的だと思った。
 彼女の喜怒哀楽のすべてが愛おしい。だがそれも命あってのことだと浩瀚は知っている。彼女の命を守ること。彼女の命を長らえること。一日でも長く彼女が慶の女王であること。そのために取る方法が、周囲に、いや当の本人さえそしりを受けようとも、浩瀚は引き下がるつもりは毛頭なかった。

 
     
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