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「 宴席の戯れ 」
 

 「ようこそ、お越しくださいました」
 王が自ら禁門まで出向いて迎えた賓客。
 その破格ともいえる出迎えを受けた大小二人連れのその客人は、乗ってきた騎獣から身軽に飛び降りると、出迎えた少女に気さくなあいさつを返す。
 「よう。元気だったか?」
 「はい。六太君もお元気そうで」
 「ああ。毎日ひまになるくらい元気だったぜ」
 「延王もご息災のようで何よりです」
 「陽子の誘いを受けて元気でないはずがなかろう」
 交わされる挨拶にこもるのは親愛の情。
 この破格の出迎えも、親しげな空気もいつものこと。しかし傍らに控えていた浩瀚は、わずかな胸の痛みを持ってその様子を眺めていた。
 王と麒麟。十二国に二十四人しか居らぬ神なる者たち。どんなに彼らと親しく交わっても明確に隔てられている神と仙の境。
 それを、この賓客が来るたびに、自覚させられる気に浩瀚はなるのだ。
 「主上、立ち話もなんでございます。お二方とも長時間の移動でお疲れでしょうし、積もる話はまた後ほどということになさってはいかがです?」
 尽きぬ様子の世間話に、浩瀚がさらりと進言すれば、少女ははっとして決まり悪そうな顔をした。
 「またやってしまったな。すみません、延王に六太君」
 「何かまわぬ。それに慶までの道のりなど慣れたものよ」
 「客殿へは拙がご案内いたします。どうぞこちらへ」
 王と客人を引き離す、この台詞がたいした効果を生まないことを重々承知しながらも、浩瀚はいつものようにそう言わねば気が修まらなかった。

 今日の宴を言い出したのは誰であったか。事の始まりは他愛もない世間話であったように記憶している。
 昨年主上は、広い王宮内を気ままに散策している時、偶然美しい蓮池にいきあった。池の上に設けられた東屋からの眺めがまた格別で、特に涼しいこともあって、すぐさま主上気に入りの場所のひとつとなり、よくそこで人を招いて茶を飲むようになった。
 浩瀚もその中の一人で、確かに風情のあるよい場所であった。
 そこで交わされる他愛もない世間話。その時ふと誰かが呟いた。
 「ここで月影に浮かぶ蓮を眺めながら一献、というのも風情がありましょう」
 そんな一言から、では次の満月の夜にささやかな宴席を設けよう、と相成ったのだ。たまたま居合わせた延国主従にお誘いの言葉がかかったのは、極自然な流れといえた。

 日が落ち、月が昇り、宴の時間が訪れる。
 極私的な宴とはいえ、二国の王と宰輔が臨席する宴席。浩瀚は粗相がないようにとさりげなく采配を振るう。私的となると延王がどこまでも気ままに行動するため、むしろ公的なものより気を遣うと思わなくもなかったが、浩瀚はあくまでも涼しげな表情を押し通す。
 「陽子はまだか?」
 手酌で酒を注ぎ、豪快に杯をあおる。その前にはすでに銚子が2、3本転がっていたが、それはいつものこと。
 「せっかくの宴だからと女官達に着飾られておられるのでしょう」
 浩瀚が答えれば、
 「陽子も苦労しているようだ」
 再び酒を注いで延王は、太い笑みを口元に浮かべた。
 陽子、と目の前の男が親しげに名を呼ぶたびに苛々とした感情が心の奥底で渦巻く。それは嫉妬。そして決して同じ位置に並び立つことが出来ぬ己が身の口惜しさ。だが、それだからこそ共に在れるのだと思えば少しは溜飲が下がる。
 その時、周囲の空気がわずかにざわめいた。何事かと振り返れば、目の前には麗しき緋色の乙女。少し恥ずかしげにうつむいている姿がえも言われぬほど艶やかで、浩瀚は己が腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動をぐっとこらえた。
 その横で延王がすくっと立ち上がる。
 「これは見事だな」
 そう呟くと、ためらいもなく近づいて、浩瀚がいつも触れたくて仕方がない艶やかな緋色の髪をひと房手に取る。それだけで嫉妬に目が眩みそうだったのに、あろうことか男は、手にした髪にそっと口付けを落とした。
 「え、延王!?」
 少女が戸惑ったように声を上げる。それに男は太く微笑んで、
 「なに、宴席での戯事よ。大目に見よ」
 言って何事もなかったかのように席に戻ったが、戻りがてらちらりと浩瀚を一瞥し、笑みを浮かべたように見えた。
 ―――なるほど……
 流された視線の意図を過たず読みきって、浩瀚は、さてこの挑発に乗るべきか乗らざるべきかと、思考をフルに回転させる。そしてふといい案が浮かんで、浩瀚はにっこりと微笑んだ。
 ―――宴席での戯事ゆえ、大目に見ていただきましょうか。

 この後延王は珍しく、己の軽率な言動を大いに後悔することになるのであった。


 
     
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