主を捜して王宮の最奧へとやってきた浩瀚は、雲海に張り出した岬にその姿を見つけた。眼下に広がる雲海の眺望のほか何もないこの場所が、密かに少女の気に入りの場所であるということを知ったのはもうずいぶんと昔の話。
しかし、少女がここへ来るときは必ずひとり。そうして、ただ静かに雲海を眺めるのだ。
浩瀚は、長いこと声をかけられずにただその背を眺めた。
許されもせずに立ち入る非礼に躊躇したというのは建前で、本音は、そこに自分の入り込む隙がないのだとはっきり認識されられるのが恐ろしかったのだ。
だがその思いは、共にあることを許されてなお沸き上がる。
―――何を見ていらっしゃるのか。
浩瀚は、小さなその背を眺めながら思う。
雲海なのか、その下に見える国土なのか、はたまた、視界が捉えるものとは全く別のものなのか。
いずれにせよ、いま少女の心は深く沈んで揺れている。だからこそ、ここに姿がある。
浩瀚は、ゆっくりと少女に歩み寄った。
雲海の向こうに、夕日が沈もうとしていた。空は赤く染まり、それを反射した雲海は見事な黄金色に染められていた。辺りには潮騒の響きだけが満ちていて、海風に翻る少女の紅い髪が鮮やかだった。
「本当に、本当に時々なんだけど」
浩瀚が歩み寄ると、少女が風にのせて小さく呟いた。
その視線は未だまっすぐ雲海に注がれていて、ちらりとも振り返らない。それを少し寂しく思いつつも、浩瀚はただ静かに次の言葉を待った。
「今こうしてここにあることが、長い長い夢を見ているんじゃないかと思うときがあるんだ」
王の密やかなつぶやきが、雲海の潮騒に混じる。
「目が覚めると蓬莱の、十六まで過ごしたあの部屋にいて、あぁ、なんか長い夢を見た気がするなって思って、いつもと変わらない日常が始まるんじゃないかって・・・」
浩瀚はひとりどきりとする。
胎果の王を頂いた者でなければ、この心境は理解できまい。
浩瀚は胸に走った痛みに耐えるように瞑目した。
「こちらがどれほど現実的か、嫌というほど思い知らされてなお、そう思ってしまうのはどうしてなのだろうな。あるいはあちらが夢であったかもしれないのに。目が覚めた瞬間、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなるときがある」
少女の呟きに苦笑が混じった。
「くさびを打ち込め浩瀚」
そっとほほを撫でられる感覚に目を開ければ、美しい翡翠の双眸がまっすぐ自分を見つめていた。
「例え今が夢であっても、決して目覚めなくて良いと思えるように」
我にくさびを打ち込め。
少女の唇がゆっくりと弧を描くのを見つめながら、浩瀚はその体を力いっぱい抱きしめた。
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