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 「 予王 」
 
     
 

 「これも、これも、そしてこれも」
 舒覚は渡された書類に目を通して不快げに呟いた。
 「官吏とは随分勝手なことをするのね」
 紡がれたその言葉に、女王の前に額ずいていた男がわずかに面を上げた。
 「空位の時代が永うございましたゆえ、勘違いをしている官が多いのは事実です」
 「勘違い?徴収された税をくすねるのも、治水のために下賜された公金を己の懐に入れるのも、勘違いゆえに起こるというの?あなたはおもしろいことを言うのね」
 くくっと漏れた笑い声が、二人しかいない静かな部屋に響く。男はその笑い声を聞きながら、静かに続けた。
 「それらは勘違いゆえに起きた現象の一部にすぎません。彼らの勘違いを是正すればいずれはなくなることです」
 「―――いずれ?いずれとはいつです?」
 「主上が長く御位におつきであれば、そのうち」
 伏していても、女王が自嘲の表情を浮かべるのがわかった。
 「私の言葉に何一つ耳を貸そうとはしない彼らが、時間をかけたからといって変わるとは到底思えません」
 それよりも、と舒覚は囁く。
 「除いてしまえば話が早い。そう思いませんか、成雷?」
 「・・・・・・罷免するには、それなりの理由が必要でございます」
 「勅に理由が必要なのですか?」
 「悪戯な勅は、国を乱す元です」
 「国ならとっくに荒れています」
 女王はどこか投げやりに言い放つ。その短い言葉の中に女王の心痛を感じて男はわずかに顔をしかめたが、次の瞬間には女王はころりと声音を変えた。
 「―――私ね、とってもいいことを思いついたの」
 その声はさも楽しそうで、悪戯を思いついた子どものように無邪気な響きを帯びていた。
 「官の半分を排除するとってもいい案をね」
 女王の不可解な発言に男がわずかに首をかしげると、女王は種明かしをするように囁く。
 「官の半分は女だもの。女を排除すれば、自ずと官は半分になる」
 「―――それは!」
 思わず顔を上げた男は、鮮やかな紅を刷いた唇が皮肉げにゆがんでいるのを見た。しかしそれでも男を誘うような色香があって、男は許しもなく面を上げた非礼も忘れてその魅惑的な唇に見とれた。
 その唇が、ゆったりと弧を描く。
 「女を排除します。官が半分になれば、彼らが脈々と作り上げてきた不正の道の多くが断絶するでしょう。朝が一時的に滞るのは、この際致し方ありません。腐敗した官吏を放置しているよりましです」
 「しかし、どうやって女だけ排除するのです?いくら勅とはいえ、納得のいく理由さえ想像できぬとあっては、おとなしく従うとは到底思えません」
 「いい方法があるのよ」
 舒覚はそう呟くと、するりと衣擦れの音を立てて立ち上がった。そうして男の前に膝をつくと、白磁のような滑らかな指先でそっと男の頬を撫でた。
 「一世一代の演技を見せてあげます。長きに渡って腐敗した慶の土壌を蘇らせるために」


 そうして舒覚は、己の半身、景麒に恋慕していると見せかけて、金波宮から女人を追放する勅を発布したのである。
 しかし、事態は舒覚が思っているようにはならなかった。女を金波宮から追放しただけでは黒い癒着はなくならず、場所を少し外に移しただけにすぎなかったのだ。
 「金波宮から追放するだけではだめだわ。堯天・・・・・・いや、この慶から追放します。国外へ追いやらねば、腐敗の連鎖は断ち切れない!」
 「お待ちくださいませ、主上!そこまではしては、主上が天命を失います!」
 「―――もう、覚悟を決めたのよ。成雷」
 「主上!」
 「・・・・・・でも、安心して。景麒を連れて行く真似だけはしないから。後事は新王に託しましょう」
 「――――――主上」
 男は、足下から世界が崩れ落ちていくのを感じた。
 己の命と引き替えに、慶の腐敗を連れて行こうとしている。そんな女王の気高さに、男はあふれる涙を止めることが出来なかった。
 この決意より一年を待たずして慶の白雉は落ちた。
 予王舒覚、己の麒麟に恋慕し、狂気に死んだ女王。青史にそう記された女王の真の生き様を知るものは、この男ただ一人きりだった。

 
 
     
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