何が起きたのか、陽子はわからなかった。
気づけばそこは、見たことがない浜辺だった。
辺りに人の気配はなく、寄せては返す潮騒の響きだけがどこか物寂しく満ちていた。その海の向こうには、今まさに夕日が沈もうとしており、空も海も夕日に赤く染まっていた。
―――あり得ない。
陽子はその穏やかな眺めを呆然と見つめながら、心の中で呟く。
だって自分は、学校から帰っている途中だったはずだ。特に今日は委員会の仕事が長引いて遅くなり、学校を出た時にはすでに辺りは薄闇に包まれていた。おり悪く小雨がぱらつきだし、陽子は母が言うように折りたたみ傘を持ってくるんだったと後悔しながら学校を出た。
びっしょり濡れて帰れば、きっと母が小言を言うだろう。
(ほら見なさい。だから、あれだけ傘はいらないのって聞いたのに)
―――だって、40%だったじゃない。ということは、降らない確率が60%もあるってことでしょう。折りたたみ傘っていっても、結構荷物になるんだから。
心の中で言い訳をしながら、陽子は小走りに駆ける。
雨脚は徐々に強くなる。いっそのことどこかで雨宿りをしていった方がいいのだろうか。
そんなことを考えた、その時だった。前から走ってきた車が、思い切り水たまりの水を跳ね上げたのだ。
あ!と思った時にはすでに遅く、水の塊は陽子に襲いかかる。反射的に目を閉じながら、これで濡れた言い訳が出来るだろうか、それともさらに小言を言われることになるのだろうかと考えた。
その直後、ものすごい風が吹いた。お下げにした髪が巻き上げられる。と同時に陽子は、突然足下にぽっかり穴が開いて、その穴に吸い込まれるような感覚に襲われた。
硬く目を閉じていた陽子に、事実はわからない。しかし、一瞬我が身を襲った不思議な感覚に驚いて目を開ければ、そこはすでに見知らぬ浜辺だったのである。
―――ひょっとして、あの時私は車にはねられたのだろうか。
ということは、ここはあの世?
陽子は、目の前に広がる穏やかな海を見つめながら首をかしげた。
あの世には三途の川と呼ばれる川があると聞いたことはあるが、海があるなど聞いたことがない。いや、目の前に広がるのは広大な川であって、海ではないのかも知れない。
そんな埒もないことをとりとめもなく考えて、陽子はとりあえずその場に膝を抱えて座り込んだ。
もしここがあの世なら、迎えとやらがくるのかも知れない。
朝までなにもなければ、その時また考えよう。
陽子はそうして、見知らぬ世界での最初の夜を過ごしたのであった。
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