「ほれ、お年玉じゃ」
「え?」
遠甫が懐から取り出した小さな包みを陽子は驚いて見やった。こちらにお年玉の習慣がないことは、一度こちらで正月を迎えたことがある陽子は知っている。
そんな陽子の様子に、遠甫はいたずらっぽく笑う。
「蓬莱では、新年にお小遣いをあげる習慣があるのじゃろう?」
確かに以前、蓬莱の習慣についてあれこれ聞かれたときに、お年玉のことを話したことはあるが・・・・・・
「陽子はこちらでとてもよく頑張っている。あちらを懐かしんでも帰ることは叶わんが、故郷の思い出に触れるくらいのことはしてあげたいのじゃ」
「・・・・・・遠甫」
その心遣いがうれしくて、目尻に涙が浮かんだ。そんな陽子の背を遠甫はそっとなでる。
「ほれ、泣くでない。新年に泣き顔は似合わん」
答えるように陽子は頷いたが、目頭はますます熱くなった。
「それにこちらで銅銭は、魔よけの効果があると言われておる。旅路の護符として懐に忍ばせておいたり、時には衿の中に縫いこんでおいたりするのじゃよ。この一年陽子が息災であるように、そんな願いも込めておる」
そう言われては、ますます目頭が熱くなる。遠甫は「ほれほれ、泣くでないと言うておるに」と困ったような顔になり、その様子に陽子は何だかおかしくなって、涙をぬぐいながら微笑んだ。
「ありがとうございます。では、お守り代わりに」
小さな包みを押し頂いて、懐にそっとしまう。その時部屋をおとなう声があって、晴れ着に身を包んだ李真が現れた。李真は部屋に入るなり、陽子の様子に心配げに声をかけてきたが、陽子は笑みを浮かべて「なんでもない」とだけ答え、この場を李真に譲った。
こちらに来て人の暖かさが身にしみる、と陽子は思う。自分はあちらでは誰ともしっかりつながっていなかった。両親の前では萎縮し、真に友達と呼べる相手もいなかった。他人の目が気になって、素の自分などさらけ出せなかった。
優しくしてほしいと思っていた。心を開き合える相手がほしいと願っていた。でもそう願いながら自分はどれだけ相手に歩み寄ろうとしていただろうか。ただ自分が傷つくことだけを恐れて、他人との間に壁を作っていたのは自分だ。
こちらで同じことを繰り返してはいけない。
優しくしてほしければ自分から人に優しくするのだ。心を開きあいたいなら、自分から心を開くのだ。
この一年、それを自分の課題にしよう。
新年の抜けるような青空を見やって、陽子は己の心に誓った。
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