その頃浩瀚は、早々に金波宮を後にし麦州城を目指して騎獣を急がせていた。これから忙しくなる。浩瀚はこれから打つべき手を脳裏に浮かべながら、一人静かにどこからどう手をつけていくべきか算段をつけていた。そしてひと通り思案が済むと、ふと脳裏に嘉煕との密会が終わった後に対面した台輔のことが浮かんだ。
仁重殿の奥の部屋で静かに体を休ませていたらしい台輔は、以前見かけた時よりももっと蒼白な顔をして、身を起こすのもだるそうな様子であった。
「……麦侯か」
「はい。本日は拝謁賜り恐悦至極に存じます。体調がお悪いとうかがい、お見舞い申しあげに参りました」
「―――不調の原因はそなたもわかっているだろう。見舞われたところで治癒は叶わぬ」
仁の獣はそう言って、紫の双眸をわずかに伏せた。その瞳に絶望が広がっているのを浩瀚ははっきりと見てとった。
「かつてそなたは私に随分手厳しい諫言をしたが、結局はそなたの憂いていた通りになってしまったというわけだ。……なぜあのお方なのか。なぜ天はあのお方に王気をお授けになったのか。何度私はそう問うただろう。天のなさることが私にはまるで理解できない。そしてあのお方の心の内もわからない。私にはわからないことだらけだ。―――だが、ひとつだけはっきりわかることがある」
景麒は瞼を持ち上げるのでさえ一苦労と言わんばかりの緩慢さで、ゆっくりと浩瀚を見やった。
「……慶は沈む。そして私にはそれを止める力がない」
「台輔」
浩瀚はゆっくりと頭を振った。
「それは誰にも不可能なことです。主上ご自身がそれを望まぬ限り」
景麒はゆっくりと息を吐き出した。わかっていても言葉にされるのはつらい。景麒の表情にはそんな苦痛が浮かんでいた。
「しかし、国が沈もうと残るものがございます。そして私には、残ったものを守る責務がございます。―――恐れながら台輔にも」
浩瀚は言いながら全身で台輔の反応を探ろうとしていた。一方の景麒も、目の前の男の真意を探るようにじっと浩瀚を見つめていた。しばしの沈黙が二人の間に落ち、ようやく景麒が口を開いた。
「……そなたは私に何をさせようとしているのだ」
「次の世代に希望を残す手助けを」
浩瀚の瞳が真っすぐに景麒を見た。景麒もまっすぐに浩瀚を見ていたが、その瞳の奥にある感情は読み取れなかった。浩瀚はゆっくりと繰り返した。
「どうかご助力を」
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