予青六年正月九日未明、清谷の町にやってきた陽子は、浩瀚の用意した宿で船の準備のために三日を過ごした。その後風待ちに二日。陽子が玉葉と共に雁行きの船に乗ったのは、一月十四日のことであった。
その日は、天候に恵まれた穏やかな日で、絶好の船旅日和。恵まれた天候と初めての船旅に陽子の気分は高揚していたが、他の乗船客らも、港で見かけていたときよりも幾分かは表情が和らいで見えた。国を追われて出て行くのだから憂いがないわけではないはずだが、やっと出て行けるという安堵感もあるのかもしれない。
乗客の数は、麦州の女性官吏と一般客を合わせて五十人ほど。その内半分以上が官吏で、乗り合わせている一般客らはすぐに路銀を揃えられ、流れた先の雁でも生活していける蓄えがあるような人々だった。それに船を動かすための乗組員が二十人ほどいて、船上にはそれなりに人が多く活気があった。
七十人ほどの人と多くの荷を積んで、船は朝日に押されるように出航した。
慶と雁を結ぶ海は、青海という。陸地に囲まれた内海で、比較的穏やかな海だ。ただ風が安定しないので、目的地へ向かう風を捕まえるのが少々厄介だった。その代わり、外海のように大波に翻弄されることはほとんどない。いい風を捕まえさえすれば、内海の航海は快適そのものだった。
船は、いっぱいの風を帆に受けて、滑るように青海上を進んだ。
青海の海は文字通り青い。陽子は流れ着いた日の翌朝、朝日の中にその青を見たが、今甲板から眺める海の青さは、記憶にあるよりもなお一層鮮やかであるように思った。その青い海に、白波が立つ。そのコントラストが言いえぬほど美しかった。
「気持ちいい天気ね」
甲板に立つ陽子の横に玉葉が並んで、眩しそうに目を細めた。今まで船内で他の女性官吏たちと話をしていたのだが、終わったのだろう。
「この調子なら、予定通り明日の夕刻には雁に着きそうだわ」
船は昼夜問わず一気に走らせると聞いた。途中にある島に寄航していく航路もあるようだが、いい風を捕まえた船はその風を逃したくないのだという。
「この船が着くのは雁の烏合という港よ。雁には港が多いけど、青海側で一番大きくて船の出入りも多いのが烏合なの。清谷も慶の中じゃ立派な港だけど、きっと烏合に行ったらぜんぜん規模が違って驚くと思うわ」
雁は豊かな国だから、と玉葉はいつものように朗らかに笑う。しかし陽子にはその笑顔がどことなく影って見えた。陽子に心配させまいと自身の心配を押し隠しているのだろう。表向きとはいえ官位を剥奪されて他国へ向かっているのだ。心配がないはずがなかった。
「いい天気だけど、まだまだ風が冷たいわね。あたりすぎると風邪を引くわ。そろそろ船室へ入りましょう」
玉葉に促されて陽子は頷いた。旅が穏やかだったのはここまでだった。
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