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  - 序 -
 
     
   慶国の首都堯天より南東に約八千里、宣州の州都東遼はある。
 宣州は特に目立った産業はないが、現景王登極以来の安定した治世のおかげで、誰もが真面目に生きてさえいれば食うに困らない生活をすることができている。
 のどかで平和な街、東遼。堯天のような華やかさはなくとも、誰もがそれなりに幸せに生きていた。
 一家で商いをしていた季容も、少し前まではそんな平凡な市民の一人だった。
 そう、平凡につつましく、真面目に生きていたのだ。
 ―――なのにどうして!
 季容は、皋門から自分を放り出した役人を見上げて叫んだ。
 「父は本当に無実なんです!」 
 「黙れ!」
 「お願いです。もう一度よくよく調べなおしてください!」
 「調べはすでに秋官によって付いている。これ以上しつこくするなら、公務妨害の罪に問うぞ!」
 はき捨てて去っていく役人の背を見つめて季容は唇をかんだ。
 どうして自分たちがこんな目に逢わなければいけないのか。
 真面目につつましく生きていただけなのに。自分たちの身に起きたことさえ、正確に知るすべもないなんて。
 「・・・・・・どうして」
 ほほを涙が伝って、ぽとりと乾いた地面に落ちた。
 「どうして父の罪になるの?どうして曹家は疑われもしないの?」
 「しっ!」
 呟きを激しく制され、季容はそばに立った人影を見上げた。
 「めったなことをいうものじゃない」
 そばに立った男は、季容に横にしゃがみ込んで囁く。
 「曹家の後ろには役人がついているんだ。だから曹家が疑われることはない。・・・・・・それに、曹家は東遼の商売を一手に取り仕切っている豪商だからね、役人だって下手に手を出せないんだ」
 「そんな!」
 「君の父上のことは非常に残念だけど、この事件はこれでおしまいにした方がいい。騒ぎ続ければ君の命だって危ないかもしれない」
 男はそれだけ言うと去っていく。その背を見送って娘は天を仰いだ。
 「―――そんな」
 この世はどうしてこうも理不尽なのか。声なき娘の慟哭は、ただただ蒼天に吸い込まれた。

 
 

  
 
 
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