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 「 記憶 終」
 
     
 

 「一週間ほど前の晩のことだ。深夜ふと目が覚めると枕元に見知らぬお爺さんが立っていた」
 陽子は浩瀚に入れてもらった茶をすすりながらそう話し始めた。
 「今でもそれが実体だったのか幻影だったのか謎だけどな。とにかく、気づいたらそこにいたわけだ。本来ならびっくりするだろう?なにせ内殿の最奥の私の寝室の枕元に誰にも気づかれずに侵入したばかりか、私もすぐには気付かなかったんだからな。―――だけど不思議なことに、私は妙に冷静でさ。何の用だって普通に問いかけたんだ」
 陽子の話に浩瀚は相槌を打つ。確かに不思議な話だった。そしてそれが事実なら、色々と別の問題が生じて来るわけだが、とりあえず今はなにも問わずに、とにかく先を促した。
 「そしたらさ、お爺さんは助けてもらいたいことがあるっていうんだ。自分の住む洞府を少しあけている間に隧道に妙なものが住み着いて家に行けなくて困っていると。その妙なものを退治してくれる代わりにいいものをやろうというんだ」
 「いいもの?」
 浩瀚が繰り返すと陽子は頷いた。
 「そう。なんでもその洞府の山頂には、そこにしか咲かない花が咲いていて、それがいま流行っている疫病の薬になるというんだ。そのお爺さんは仙人でさ、ずうっと前に同じ疫病がはやった時にその花を薬として使って効果があったから間違いないっていうんだ」
 何とも怪しい話だ、と浩瀚は反射的に思った。その心の内を読み取ったかのように少女は浩瀚を見やって苦笑した。
 「お前の言いたいことはわかるぞ。でも、私は藁にもすがりたい気持だった」
 それには浩瀚も頷いた。確かに魅力的な提案だ。だが、だからこそ怪しくもある。
 「騙されているのかもしれないという思いはあったけど、私にはもう他にすがるものがなかったからお爺さんの提案を受け入れることにしたんだ。だけど、お前や景麒に言ったところで反対されるのはわかっていた。かといってこの時期に黙っていなくなるわけにもいかない。だから、そうお爺さんに正直に言ったらさ、半分置いていけばいいと言われたんだ」
 「半分置いていく?」
 さすがの浩瀚も意味がわからずぽかんと陽子を見やる。その表情に陽子が苦笑した。
 「ほら、泰麒の捜索をした時さ、範の宝重の鴻溶鏡というやつで使令や妖魔の姿を裂いただろう。あれみたいなもんだな。お爺さんの仙力を使って私の姿を二つに分けたんだ。分けると力も半減するらしかったけど神籍にあるものは元々が巨大な力を持っているから隧道に住む妙なものを追い払うくらいには問題ないだろうって。その神力ってやつはどうもピンとこないんだけど。―――でも、どうやら半分になったのは力だけじゃなくて記憶もだったらしい」
 陽子の苦笑が深まる。
 浩瀚は今回の事態がようやく飲み込めてきた。
 「それで、その隧道に住む妙なものとやらは無事退治できたのですか?」
 「うん。詳しい話はとりあえずはしょるとして、それは結構あっさり片がついたんだ。で、お爺さんと洞府の山頂に行ったら話の通り確かに花があった。お爺さんによると、その花の花粉が薬になるっていうんだけどさ、でもその花の咲いている場所が険しい崖の途中で、そこに点在しているもんだから集めるのが結構大変で」
 そう言って陽子は持っていた袋を浩瀚に差し出す。小振りなわりにずしりと重いその袋を受け取ってそっと中をのぞくと、黄色に光る粉が中にぎっしり詰まっていた。
 「それを水に溶いて患者にのませると良いらしい。あと予防法とか看護のし方の注意点とかいろいろ細かく教えてもらったよ。明日からさっそく試してみようと思う」
 「そうですね」
 浩瀚は袋の口を慎重に閉じて頷く。
 「ではすぐに人を派遣する手はずを整えましょう」
 「ああ。それと、明日の朝議で医務官派遣について報告するから、悪いが明日までに、すんなり話が通るように根回ししておいてくれ」
 「御意」
 「じゃ、私はもとに戻ってくるよ。御璽が必要ならいつでもとりに来い」
 「かしこまりました」
 浩瀚は丁寧に拱手する。その浩瀚の表情には、知らず朗らかな笑みが浮かんでいた。


 それからひと月後、疫病発生地の封鎖が完全に解除されるとともに王の名のもとに終息宣言がなされ慶に平穏が戻ったのである。

 
 
 
 

やっと終わりました。2周年記念作品「記憶」、いかがだったでしょうか。8月中に最後までアップしてしまうぞ!という気合を込めて半ば無理やり書き上げたため推敲が甘い感が随所に見られますが、とにもかくにも8月中に最後までアップ出来て感無量です。
最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございました!

 
 
     
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