翌日早朝柴望はわずかな下官を引き連れて清谷へと出発した。
この日は陽子が登城する今年最後の日。年明けの初出勤は早くても新年の諸行事が終わった一月も末になるだろう。そう思えば陽子が登城するまで出発を待って、ひと言ふた言なり言葉を交わしたいとも思ったが、一刻も早くけりをつけねばならぬ仕事に柴望にそんな余裕はなかった。
「それでは陽子によろしくお伝えください。良い年越しをと」
柴望はそう浩瀚に言葉を託して州城をあとにした。
しかしこれで良かったかもしれないと柴望は思う。もうこの時には柴望は、浩瀚の密かな胸の内に気がついていたのだ。そして陽子もそれを望むなら、それはそれでよいかもしれないと密かに期待していた。
浩瀚が密かに抱えている絶望と孤独を、陽子なら埋めてくれそうな気がしていたのだ。
年内最後の会食時。二人きりで過ごして少し二人の距離が縮まるなら、自分の楽しみも増えるというものだ。
「さて、帰城した折りには惚気のひとつも聞けようか」
騎獣の上で呟けば、下官が何事かと真剣な眼差しを向けたので柴望はひとつ手を振ってなんでもないと返した。
そしてふと気付く。どうして今日という日に自分が州城をあけることになったのかということに。あの怜悧な浩瀚のことだ。たまたま今日だったというわけがない、と柴望は確信した。
「つまりはていよく追い払われた訳か」
そう思えば苦笑が漏れたが、一方でかわいらしいところもあるものだと素直に感心した。どうせひと目があるのだ。陽子が嫌がるような無理矢理なことが出来るはずもない。ただ食事時に卓に二人ついているという程度。そんなささやかな時間でも欲しいと思ったに違いない浩瀚の胸中を柴望はほほえましく思った。
その頃陽子は朝の支度に追われていた。朝餉をすませて登城するための服に着替え、髪を結い上げてはたとそこで手が止まる。視線の先には昨日孔友にもらった簪。買い物につきあってくれたお礼だと渡され、無碍に断ることも出来ずにもらってしまったが、正直陽子は戸惑っていた。
これが安価でない、というのも理由のひとつだが、例え「お礼」だといわれても親兄弟でもない異性から装飾品をもらうなどいくら鈍い陽子でもぴんとくるものがある。いや、仮にさらりと渡されただけなら「勘違いかも」ぐらいですませたかもしれないが、これを渡す時の孔友の様子やその後松塾まで送り届けてくれた時の雰囲気は明らかにいつもと違っていたのだ。
どうしよう・・・・・・
陽子は簪を手にとって考え込んだ。
|