―――気のない男とは、例え日中でも二人っきりにはならないことね。襲われてからじゃ遅いでしょ?
わ、私ったら何を…
玉葉の言葉が鮮明に脳裏によみがえった陽子は、ひとり慌てた。
浩瀚相手にそんなことを考えるなど、とても失礼だと自分を恥じた。相手は大人の男の人だ。自分のような子供など恋愛の対象になるはずがない。
それに…、と陽子は周囲を見回す。
卓に着いたのは確かに二人だが、いつものように給仕の女官らが傍に控えており、二人っきりとは到底言えない。こんな状況下で襲われるはずもない。
そう考えれば幾分心に余裕ができた。陽子はいつものように運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、いつものように他愛もない会話を浩瀚と交わした。
浩瀚は変わらず聞き上手でありながら話し上手で、柴望がいないという緊張感はすぐさまほぐれていった。
「そういえば、いまさらなんですけど」
料理も一通り終わった頃、陽子は最初に感じた疑問をふと思い出した。
どうして今日は場所が違うのか。そう問うてみれば、浩瀚は笑む。
「大した理由じゃないが、今日は二人なのでいつもの場所では広すぎるかと思ってね。それに―――」
「それに?」
「昼間の礼というわけではないが、陽子に見せてやりたいものがある」
昼間の礼の意味は分からなかったが、見せてやりたいものがあるという言葉には興味がそそられる。陽子が、それは何か?といった視線を向ければ、浩瀚は柔らかく笑った。
「それは、見てのお楽しみとしよう。ここで明かしてしまってはつまらない」
浩瀚はそう言うと、立ち上がって陽子の席へと回り込んだ。そしてそのままさりげなく椅子を引いて陽子を立ちあがらせる。
「少し外へ出る。寒いだろうからこれを羽織りなさい」
浩瀚はそう言って、自分の着ていた上着を一枚脱いで陽子に掛けた。
「でも、浩瀚さまは」
「何、私は心配いらない」
浩瀚はそれだけ言うと、視線で陽子を促して部屋の奥へと向かった。陽子は慌ててそのあとを追う。奥にはどうやら部屋が続いていたようだ。浩瀚はその部屋なのか通路なのかわからない空間をいくつか通り抜け、そう長くはない回廊を渡った。その先に現れた路亭の前で足を止めようやく陽子を振り返る。
「ここだ」
誘われてそこへ足を踏み入れた陽子は、目の前に広がる光景に思わず息をのんだ。
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