わざわざ訪ねてきた老師との話し合いは、終始他愛もない雑談であった。もともと遠甫を訪ねた理由は、本当に「ご機嫌伺い」なのだから、浩瀚にとってはそれでかまいはしなかったのだが、来訪の本当の目的の方にさらなる目的が出来た浩瀚は、その目的をどうやって果たそうかと雑談しつつもそればかりを考えていた。
やはり一番重要なのは、より多くの時間を共有するということだろう。男女の情のみならず人との関係性においては量より質ということも時としてあろうが、この少女相手にはじっくり時間をかけるのが良策だと思われた。
しかしどうやって時間を共有させるか。そこへ持って行くきっかけがいまいち弱い。あれやこれやと悩んでいる内に、少女は「すっかりおじゃましてしまいました」と言ってさがってしまったのであった。
「陽子はなかなかにおもしろい娘じゃろう?」
遠甫が何やら意味深な笑みを浮かべて唐突にそう切り出したのは、二人きりになってすぐのことだ。浩瀚は遠甫の真意を測りかねながら、いたって平静な振りを貫いた。
「そうですね。海客ゆえの気質なのでしょうか。少々意表を突かれる面があるようで」
「めったに聞けぬ蓬莱の話を聞くだけでもおもしろいものじゃが、陽子のものの捉え方には時々はっとさせられる。それでいて人の心に敏感で良く気遣いのできる娘じゃ。やさしすぎるゆえ官吏には向かぬと思うが、官吏を支える立場にはとても向いておるじゃろう」
その言葉に浩瀚は、益々遠甫が何を言わんとしているのか測りかねた。
官吏を支える立場、とは具体的に何を指しているのか。脳裏にいくつか候補が挙がって、浩瀚は伺うように遠甫を見た。
「わしは陽子を孫娘のように思うておってな。老婆心ながら色々と先のことを心配してしまうのじゃよ」
「・・・・・・はあ」
「何しろ陽子は海客じゃ。海客ならば二十歳になっても給田など受けられん。かといって、今の慶で海客が仕事を見つけるのも難しいじゃろう」
浩瀚は未だ遠甫が何を言いたいのか測りかねてはいたが、その話の流れは、浩瀚にあるひとつの期待を抱かせた。
つまりは、給田を受けられず仕事を得るのも難しいなかなかに器量よしな娘の居場所をどこかに作ってはもらえないか、と遠回しに州侯である自分に願い出ているのではないか。ならば自分はこの話に乗って、州城に娘の居場所を作りましょうと返答すれば、先ほどから苦慮している共有する時間を作るきっかけを手に入れることができるのではないか、という期待であった。
しかし次に続けられた遠甫の態度で、浩瀚は益々その心中がわからなくなってしまったのである。
なぜなら、なぜか遠甫は、柴望の近況ばかりを気にし始めたからであった。 |