「浩瀚さま!あなたという人は!」
鬼の形相で駆け寄ってきた柴望の勢いに浩瀚は内心面食らった。決して短くはない付き合いの中でこの男がこれほどの怒りを自分に向けてきたことがあっただろうか。柴望には随分と無理難題を押し付けてきたし、わがままも言ってきた。それによって、口うるさく諫言してきたり、あきれたり、不平不満をぶつけてきたりといろんな顔を見せてはきたが、これほどの怒りを見せたのは記憶にない。
「ご自分のお立場というものを分かっておいでなのですか!」
「―――わかっている」
「いいえ、わかっておいでではない!わかっておいでなら、こんな無謀なことをなさるはずがない!」
その言葉は心配から来るもの。しかしそれがわかっていながらも浩瀚は、柴望の言葉に思わずむっとした。心配をかけてしまってすまなかったという気持ち以上に、自分のこの行動が非難されることが許し難く感じたのだ。陽子を助けに行った行動が非難されるということは、陽子は見捨てるべきだったと言われているも同然であった。
ふつふつと怒りが沸き起こる。だが、浩瀚はその怒りを何とか抑え込んだ。
息を飲んで事の成り行きを見つめている衆目の存在に、今ここで自分と柴望が口論を始めるべきでないと判断したからだ。
「話があるなら後で聞く。私は州城に戻る」
浩瀚はようやく登場した騎獣にまたがると、努めて冷静に柴望に告げた。
「お前はここに残り現場の処理にあたれ。それと、賊徒の正体を早急に調べろ」
浩瀚はそれだけ言うと騎獣を上昇させた。柴望がまだ何か言いたげに不満の色を浩瀚に向けていたが、浩瀚はあえて無視して視界から柴望を消した。
浩瀚は陽子を抱く腕に力を入れる。今は一刻も早く州城へ戻り、陽子を休ませてやることが何より優先事項だ。
―――誰の手も届かない州城の奥深くへ、早く陽子を連れていかなければ。
浩瀚は心の中で呟くと、騎獣を一直線に州城へ向けて飛ばした。
柴望はそんな浩瀚の姿を無言のままに見送った。上着に包まれ姿は確認できずとも、大事そうに浩瀚が腕に抱いていたのが誰であるか、柴望はよくわかっていた。
浩瀚が陽子に好意を抱いているのはわかっていた。今まで割り切った大人の女性しか相手にしてこなかった浩瀚にしてみれば珍しい相手に興味を持ったものだと思わなくもなかったが、そのこと自体をどうこう言うつもりはなかった。重責ある身。慰めになる存在があった方が安心する面もある。
だが、あれほどに執着するとは……。
そのことが柴望には意外であり、そして今のこの時期にそういう状況に陥っていることが歓迎されるべきことなのかどうか柴望はわずかな不安を感じていた。
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