そんな話はでまかせに過ぎない、とごまかすにはすでに遅すぎた。狼狽しすぎた自分を浩瀚は呪った。
「・・・・・・それでも、陽子一人ここに匿うくらい雑作はない」
「いいえ」
陽子はふるふると頭を振った。染め抜いたような赤い髪が揺れる。浩瀚は陽子から目が離せなかった。柴望も玉葉も、陽子が何と言うのか息をつめて見守っていた。
「私だけが特別扱いを受けるようなことがあってはいけないと思います。だって、王様の命令なんですよね?もし、その命令を無視していることがわかったら浩瀚様や柴望様や、その他麦州の方々はどうなるんでしょう。私のせいで罰を受けるようなことになれば、私は絶対自分を許せないと思います。・・・・・・どうして、あの時出て行くって言わなかったんだろう。どうして、甘えてしまったんだろう。そう、ずっと後悔するに違いありません」
本当は、と陽子は小さく呟く。
「ここから出て行くのは怖いって思います。塾を襲った賊が、生き残った人をまた襲うかもしれないって聞けば、怖くて仕方ありません。ここに匿ってくれるとおっしゃってくれるのなら、それに甘えてしまいたい気持ちもあります。不安や恐怖は全部外の世界に追い出して、何にも考えずにここにいれたらって思うんです」
陽子が言葉を切ると、部屋には沈黙が落ちた。浩瀚は言うべき言葉を捜したが、思いは複雑に絡まるばかりで言葉を拾い上げることはできなかった。
「でも、その選択の先は袋小路なんです。いずれ身動きが取れなくなって、進むことも戻ることもできなくなる。―――そうならないためには別の道を進むしかありません。…その別の道がどこにあってどこに続いているのかは、今の私にはさっぱりわかりませんが」
陽子、と柴望が口を開いた。浩瀚は視線を伏せただけで、柴望を見ることはなかった。
「そなたは、雁へ行ってはどうかと思っているのだ」
「雁?」
陽子は戸惑いながら柴望を見やった。雁は慶の隣りの国。胎果の王が治める五百年の大国。そのくらいしか情報を持たない国だった。
「陽子の言ったように、女性は慶国内から出ていくようにとの勅を主上がお出しになられた。それに従って、麦州府でも女性官吏を州城から出す段取りを整えている。民にも国外退去の触れをお出しになられた。しかし、浩瀚様は一方で、できれば国を出て行きたくないと思っている者達を港近辺にとどめ置いて匿おうと計画なさっておられる。出ていきたいんだけれども、船が順番待ちで出ていけないというような体裁を整えて」
陽子は頷いた。これまで見てきた浩瀚の姿を考えれば、すんなりと納得できる話だった。
「しかし、それでもすべての者を港に匿うことは不可能だし、本当に国を出たいと思う者もいるだろう。だが、国を出たところで当てがあるのか。浩瀚様はそこまで心配なさっておられるのだ」
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